京橋紙業株式会社

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    平日 9:00~17:00

株式会社 芸術新聞社 装丁のバリエーション

芸術新聞社・初野氏(以下敬称略):「どうぞ。お待ちしていました。」

笑顔で出迎えてくれたのは、今回お話を伺う株式会社 芸術新聞社の初野友憲氏。
インタビューに入る前にまず実務(この日は新刊の装丁用紙納入の打ち合わせ)を片付け、一段落したところでおもむろにICレコーダーを机の上に取り出し、取材開始。

京橋・小川(以下小川):それでは改めまして、今日はよろしくお願いいたします。

初野:「こ、こちらこそよろしくお願いします。」

小川:…何か微妙な空気ですね。

初野:「ええ、すごい違和感が…。いつも取材する側なんでとても変な感じです。」

小川:なるほど。いつも通りにいきましょう。

今回のテーマは今までに携わってきたタイトルの中で、特に印象深かった書籍について、伺うというもの。
とはいえ、
・小口・天 切りつけのドイツ装風の書籍(本来は地も。裁ちのため芯紙は側面で露出する。フランス装ではない)
・がんだれ表紙の書籍
・ポスターを折り込んだカバーの作品集
等々、とにかくバリエーションが多いのです

小川:コンテンツも素晴らしいのですが、特に装丁のバリエーションが、非常に多彩ですよね。

初野:「そうですかね…。あまりピンと来ませんが、小社には資材発注専門の窓口が無いため、各担当者から直で印刷や用紙の手配を発注しています。企画の内容や部数、定価設定については、営業担当を交えた出版部会議において、詰めていきますが、基本的には立案から発刊まで担当者マターなので、結果的にいろいろな装丁が生まれているのかもしれません。」

小川:著者の意向というものも多いのですか?

初野:「企画次第ですが…こだわりをもった著者はいらっしゃいます。」

小川:(手元に数冊用意されている本を見つつ)そちらにある『Please do disturb』などがそれにあたりますね。

初野:「あぁ、この本のカバーは著者である大森暁生先生が愛用されているバインダー・ファイルをモチーフにしています。」

小川:実物を拝見した際にとても存在感のあるファイルだなと感じました。表紙がメタル調で、シールが貼ってあったのが印象に残っています。

初野:「そもそもこの企画は大森先生のweb連載を書籍化するというものでした。繁忙な創作生活の中にある”素”部分を綴った内容なので、各回コラムを寄せ集めて詰め込んだ、『作家愛用のスケジュール帳』的にまとめていくことにしたんです。」

小川:背の金属部分の質感や、マスキングテープやリベット部分の凹凸感まで表現されていて、随所にこだわりを感じます。

初野:「作品と違って、このバインダーは普段見せ物ではありません。そのある種”私物感”がコンセプト上とても重要だったので、やりすぎ…なくらい再現しました。」

小川:外見もクールですが、この書籍は本文も大冒険でしたよね。

初野:「そうでしたね。際限なく拡がるアイデアと限られた予算との狭間で、イメージに添った用紙選びの際はたいへんお世話になりました…。」

小川:思い出しますね。写真などの図版、それもカラーものが豊富。でもマットコートはダメ。じゃあ微塗工をお勧めしようと当初考えていました。でもイメージを伺いつつ用紙を探してもなかなかピッタリのものが見つかりませんでした。悩みましたね。

初野:「…悩みに悩んだ結果、小川さんが「この用紙は…お勧めできない」とおっしゃっていた”飛び道具”にしたんですよね(笑)。」

小川:!(笑)

<補足>
この案件に採用されたのは京橋紙業のプライベート・ブランド書籍用紙の『スーパーホワイト書籍』。冴える白さが特徴的な嵩高書籍。しかし、非塗工に加えて嵩高のラフ肌のため多色印刷、特にベタやグラデーション(階調再現)は得意としていなかった。後の大震災で原料の一部が入手不能になり一時生産不能に。現在は『アズーリ』という名称の用紙が後継銘柄となっている。

小川:…何という冒険心(笑)。あの時は、(あの紙は)軽く白い、これはいけるかも! と思いつつも…非塗工だからお勧めしなかったんです。ベタあり4色たくさん、白抜き小さな文字までたくさんある企画に使うには、とても荷が重過ぎるだろうって…。「止めたほうがいい」と必死に止めた記憶が。

初野:「はい、でも数種類の用紙でテスト刷りした中で、著者が一番気に入ったのがあの紙だったので…。戸惑いとともに何かハマった感はありましたね。」

小川:今更聞くのもどうかと思いますが…かすれ具合とか、紙粉の発生とか…、本が仕上がってから著者の反応はいかがだったのでしょう?

初野:「それが、とても好評でして。紙粉の出具合とかが「洋書っぽいテイストがいい!」なんてお喜びでした。」

小川:(少し安堵)それすらも「味」として許容してくださったんですね。安心しました。

初野:「それともう一つ、意外な点が評価されました。」

小川:それはどういう?

初野:「本の「ニオイ」です。」

小川:「ニオイ」!?

初野:「インキと紙から出てくる独特の”香り”というのか”ニオイ”がいいと。」

小川:特別なパルプは使用していないはずなんですが…たまに輸入紙で特有のニオイがするものはあります。「ホワイトナイト」とか「エンソラックス」は結構ニオイで判別でき…あ、すいません。話が逸れました。

初野:「いえいえ。ほわいとない、と…。(メモにペンを走らせている初野氏。徐々にどちらが取材しているのか分らなくなり始める)」

そろそろ場所を移して…と思っていた、取材前までは。しかし慣れない取材進行に余裕が無いまま取材は進む…。

初野:「それと、この本も今回テーマとして用意しました。」

小川:それは…山本タカト先生の『幻色のぞき窓』ですね。この本は、上製本。いわゆるハードカバーですが、表紙に意図的な「穴」=のぞき窓が作られています。

初野:「タイトルのまま、ですけど(笑)。」

小川:いえいえ。「表紙に穴あけちゃおうかな…」と言われた時は慌てましたよ。

初野:「この本は表紙だけでなく、造本にもちょっと工夫したんです。」

小川:表紙が部分的に分離しているような不思議な仕様です。PUR製本のテストもしましたね。この造本の狙いは何でしょう?

初野:「まずは「表紙に穴をあけたい」というところから、加工の段取りを考えて、行き着いた仕様というのがひとつ。それと、この企画もエッセイ集だったのですが、作品や風景写真など、視覚的にも著者の世界観に触れられるような本にしたいと考えていました。かがり綴じまでは出来ませんでしたがPURと、若干背を浮かせることによって、開き具合を少しでも緩和させたいという意図もありました。」

小川:なるほど。このタイプの造本は以前に見覚えが…。

初野:「以前持って来ていただいた『竹尾』さんのダイアリーと同じタイプですよね。」

小川:もしかして、あれがヒントになって?

初野:「はい、大いに活用させていただきました。なんという名称の仕様なのか分からず…現物をつかって印刷や製本の方々とやり取りしていました。」

アイデアの「素」は意外なところに潜むもの。珍しいからと持参したサンプルがお役に立てたと喜びつつ、「紙」と「紙屋」に期待するものとは何か、伺ってみると…。

小川:ところで、様々な造本を支える「紙」とそれを扱う「紙屋」に対して何か思うところはございますか?

初野:「いきなりハードルが上がりましたね(笑)。」

小川:いえいえ、思うところ何でも結構ですので。

初野:「(その質問は来ると)考えていたのですが、難しいですね…。まず紙についてですが、銘柄によって用途を限定・制限してしまうのが、何となく勿体無いなぁと感じています。極端にいえば、刷りムラとかウラ抜けとか、一般的に”弱点”とされている効果をも、ひとつの要素としてデザインに盛り込むことができたら、もっと面白いだろうって思うんです。」

小川:それは、「包装紙だから造本に使うものではない」や「印刷のかすれも味のうち」というような?

初野:「ええ。ただし”味”というのは、味わう人がいなければ意味が無いわけで。器と中身がバラバラだと”味”が台無しになってしまうし、コテコテ濃厚な”味”ものばかりも続けられませんし…バランスが難しいですけどね。」

小川:適性を理解した上で、「分かっている。でも使った」ということですね。

初野:「最初の話題になった『Please do disturb』がその例です。普通この紙にはカラー印刷はしない。なぜカラー印刷をしないのか、その理由も”分かっている”…というか教えていただいた。それ”でも”、企画のコンセプトには合っていて、刷り上がりも許容できた。なので”でも使った”ということですかね。だから、飛び抜けて”尖がった”ニュアンスの銘柄開発にも、期待したいですね。」

小川:なるほど。「尖がった」というのはファンシーペーパーに対してですか?

初野:「それもあるのですが、特に本文を考える際に、だいたい同じような銘柄の検討から始まってしまうという悩みも…。”尖った”紙をどう企画に落とし込めるのか考えるのも楽しいんですけど、一般的に使用する書蹟用紙とファンシーペーパーとの間を埋めるような選択肢が、もっと欲しかったり…。」

小川:…今は銘柄数がシュリンクしている時期ですから、特にそれは感じてしまうかもしれませんね。ちょっと前にはニッチを狙った銘柄が乱立していました。

初野:「そへぇ、そうだったんですか。」

小川:ええ。どこが違うのか、名称自体がとても似通っていてよくわからない、という状況がありました。今残った紙は普遍的なものが多いです。…ところで”書籍用紙”という正確な定義って実は無いということ、ご存じですか?

初野:「え? そうなんですか?」

小川:ええ。上質紙やコート紙のように、「白色度何%以上」とか「1㎡あたりのコート量が何g」というような基準が明確に定められていません。

初野:「でも”書籍用紙”という名称の銘柄は、現に販売されていますよね?」

小川:用途向けにカスタマイズしている、という意味合いです。求められるスペックとしては、保存性、可読性、高不透明度などがあります。あと”紙腰”ですかね。

初野:「紙腰?」

小川:はい、”しなやかさ”とも言われています。専門的には「剛度」などの数値で評価されますが、例えるとページを弾く時にピンピンしているか、シナッとしているかというイメージです。

初野:「ページの弾きですか…、普段あまり意識していませんでした。」

小川:これは個人的な見解ですが、一枚一枚めくる上製本と、表紙ごとしならせて弾くようにめくる並製本とでは、求められる”しなやかさ”が異なってくる気がします。…あれ? 逆取材になっていませんか?(汗)

初野:「いえいえ、とても勉強になります。」

小川:…ちょっとドキドキしますが、「紙屋」に対しては?

初野:「ん〜そうですね…。紙について、毎回幅広く情報を提供してくださるのはやっぱりありがたいです。…あと欲を言えば、企画が立ち上がる比較的早い段階から、つくりたいもののイメージが共有できるといいですね。」

小川:いろいろな切り口から用紙を提案することができますし、より納得のゆく紙の選択ができますね。

初野:「紙屋さんに限らず印刷や製本もそうですけど、漠然としたイメージの段階から関わってもらうと、いち早く”落としどころ”を掴むことができます。早い段階で、より具体的な着地点を掴んでおけば、それに向けた調整やアレンジに時間を割くことができる。だから結果として、クオリティーも上がると思うんです。」

小川:なるほど。

初野:「そういう意味では小川さんはじめ、印刷・用紙・加工各界のオタク…いや、プロフェッショナルの人たちが、自分の周りにはたくさんいらっしゃって、ほんとう恵まれているなと思うんです。文章や写真をより深く味わうという意味で、本という形態でなくては味わえない魅力を、プロフェッショナルの方々の知恵をお借りしながら、もっと引き出していきたいです。そのためにもユニークな企画を考え、今後も実現していきたいと思っています。」

小川:今回の記事には記載しませんでしたが、所蔵の活版の書籍のお話など興味深いお話を伺う事ができました。…いつの間にか取材する当方がメモを取られる状態に。不慣れな取材に長時間お付き合いいただいた初野氏に改めてお礼を申し上げます。(小川)

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